KEEP BREATHing, KEEP MOVing Forward,
BE HAPPY
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先生が退院について
「抜糸が25日なので、 退院は25日か26日には大丈夫だけど・・・」 「25日でお願いしますっっっ!」 良かった〜。 山本クンの舞台は26日なので 行けるよ〜(涙) 退院の前日。 一番辛い夜に担当だった看護師さんが その日の担当だった。 抜糸したら、手術の傷に 優肌絆(ゆうきばん)というテープを 3ヶ月貼り続けなくちゃいけない。 その貼り方を教えてくれた。 まだ首には貼れないので、 こんな紙で練習。 この看護師さんにはほんと感謝。 稲森いずみみたいな超美人で、 決してキビキビとはしてないんだけど、 おっとりとした丁寧で優しい物腰の女性。 でも、私はちゃんと知ってるんだ。 あのつらい夜に何回も来てくれたとき。 いつもいつも椅子につまづいていたことを(笑)。 ほんとに毎回毎回、つまづいてたよ。 そんな風に見えないから おかしくて、でもなんか癒されたよ〜。 ほんとにありがとう。 そして、退院当日。 ダンナがお昼近くに迎えに来るということだったので、 それまで、荷物をまとめて、 身支度をして、 久しぶりの化粧をした。 (そういえば、入院するとき、 あんなにすっぴんはさらせないと思ったのに、 数日でどうでも良くなってしまった;笑) 会計もしてきた。 限度額適用認定証を交付してもらったので 診断書作成費含めて12万くらい。 そうそう、もしこれから入院予定の方は、 医療機関での窓口の支払額(保険診療分)が 自己負担限度額8万までになる限度額適用認定証は 入院前に交付してもらうといいよ〜。 それから、保険機関からの診断書も 会社によって様式が違うので 予め取り寄せておきましょ〜。 抜糸はベッドに横になって、 するするって抜いてくれた。 ちょっと痛かったな〜。 優肌絆は肌色なので、 案外目立たないかも知れない。 でも、これからしばらくは、 首にストールは必需品だなぁ。 同室の方で、 お話しするようになった方は、 どんどん退院してしまって、 私ともう1人(彼女は同じ日に手術)だけになってしまった。 もちろん、空いたベットはすぐにいっぱいになるけれど。 彼女とダンナが来るまで 名残惜しくおしゃべりをした。 お互いに無理せず気をつけようね〜。 そんなことを言い合った。 入院してみると、 日頃信じている自分の健康が どれだけ危ういか、 そして、いったん病気になったら、 自分一人の力ではどうやったって治せない。 よく考えたら すごく当たり前の事なのに、 私は驕って生きてた気がする。 良く入院すると 急に「生きる」ということに 考えちゃったりする人がいるけど、 やっぱり考えちゃうなぁ、私も(笑)。 さてさて、そんなわけで、 私の13日間の入院生活も終わり、 早いもので今日で、退院から17日。 もし、同じ病気になったりした方の すこしでも役に立てば嬉しいです。 (ただし、個人差があるので、その辺は考慮してね) 退院してからもまだ定期的に検査があるので、 それはまた後日。 PR
考えてみれば、
海外旅行だってこんなに長く、 13日間も行ったこと無かったけど、 住めば都とは良く言ったもんで、 同室の人とかのおしゃべりも楽しかったし、 看護師さんや掃除のおばさんともおしゃべりしちゃった。 別の部屋の人でも、 首の傷で同じ手術だとわかるので 情報交換したり。。。 手術後の退屈な日々に 友人がお見舞いに来てくれたのも 嬉しかった。 日頃、姑がいるのが面倒で、 1人になりたいなんて思ってるのに、 本当に1人になると 結構、人恋しいもんなんだね。 それとね。 ラジオも持って行って良かったなぁ。 ともかくテレビはほんとにつまんなくて、 ご飯食べるときぐらいしか だんだん見なくなった。 でも、本をパラパラめくりながら聞くラジオは、 いつも聞いている番組、耳慣れた声。 いつも聞いているからこそ良かったのかも。 しかし、思ったより重症だと思ったのがPC依存。 ふと頭の中に疑問が生まれると、 PCで調べたくなる。 病気のことはもちろん、 「あれ、漢字でどう書くんだっけ?」まで(苦笑)。 入院中ヒマなので、 今年の秋「歌舞伎検定」でも受けようかと 勉強してみた。 私は書かないと覚えられないタチなので せっせとノートに書いたりしたんだけど、 あまりに字が書けないんで驚いたよ〜。 ほんとに、あまりにひどいのよ。 でも、PCなんかなくたって、 13日間暮らせるのだ。 (もちろん仕事は別だけど) それなりに豊かに暮らせるはず。 もしかしたら、いいリハビリになったかも。 「本を読もう、そして街に出よう」 これだよ〜。 と、退院直後は思ったクセに、 今、これを書いている退院後2週間目、 だんだんとPCに向かう時間も長くなり、 寝る時間もときどき1時過ぎになってきている! でもね、私は知っている。 迎える朝のさわやかさが違うんだよ! 忘れないようにしなくちゃ。 早寝早起き! つづく
※甲状腺疾患での入院についての続き
前回まではこちらから 人間の回復力ってすごいもんで、 術後2日目には、すっかり普通の生活に戻り、 また退屈な日々が始まった。 といっても、どこもなんともないなんてことはなく、 やっぱりのどが締め付けられてるような感じだし、 傷も鎮痛剤を飲んでるので痛みはないけど、 なんかジンジンと熱を持っているような感じ。 相変わらず食事はやっと半分食べられるぐらいだし、 食後はちょっと疲れる。 こういった場合、体力を温存するために ゆっくり休んだ方が良いのか、 それとも体力低下を防ぐために動いた方が良いのか、 ちょっと悩んだけど、 私は、もうじっと寝てるなんてまっぴらだった。 コインランドリーで洗濯をし、 売店に水を買いに行き、 外来棟までお散歩した。 もう、テレビは○りP事件と選挙のことばかりで 飽き飽きしたから、午後には雑誌を買いに行った。 気をつけて動いていると、 自分の不調がわかる。 どうも、重い物を持つと、 首が締め付けられる気がするとか、 上を向いてうがいができないとか、 テーブルに肘をついてあごを乗せるのは 首に負担がかかるとか。 歩いたり、フラメンコのサパテアードは平気だ。 (こっそりスリッパでやってみた;笑) もちろん、首だけは怖かったので 慎重に動かしたけどね。 午後には貼ってあった白いガーゼも剥がされ 傷口がやっとわかるようになった。 (傷とか苦手な人はゴメンナサイ) 髪の毛のような物は、縫った糸の余った部分。 ガーゼを剥がしたばかりなので ちょっと赤くなってる。 これ↓が手術前の首。 (赤い点は細胞診の針の後) 比べてみると、術後は結構首が腫れている。 ちなみに、この手術前の画像、 甲状腺が腫れているのだけど、 わかんないよね〜? よく、健康診断で見つけてくれたと思うよ。 お風呂にはまだ入れないので、 看護師さんが髪を洗ってくれた。 (なんかロングヘアで申し訳なく思っちゃった) その内に、なんかチョコチョコでていた咳が、 だんだんひどくなってきた。 咳をするのも、なんとなく怖くて、 でもガマンすると余計咳き込む。 夕方の回診の時に先生に相談したら、 甲状腺の術後には良くあることだそうだ。 たぶん、2〜3日は続くということで クスリを出してくれるた。 それでも、その夜ときどき自分の咳で目が覚めた。 同室の人は迷惑だったかもな〜。 つづく
「tomozoさぁ〜ん」
朝の6時ピッタリに看護師さんが来てくれた。 「もう、起きても大丈夫ですよ〜」 ほんとに看護師さんの姿が天使に見えたよ。 男だったら惚れてしまうな〜。 心電図とかエアマッサージ、カテーテルをはずしてくれるのを待って、 ゆっくりと上体を起こす。 ほんとにほんとに嬉しかった。 なんだか4本くらい採血されたら 頭がクラクラしてきて、 やっと仰向けではなく、上体を横向きに、 猫のように丸まって横になった。 はぁ〜、楽ちんだぁ。 そのままほんとに気持ちよく、 朝食の時間まで眠った。 朝食はご飯がお粥以外は、 普通のメニューだった。 「ご飯半分食べられたら点滴外しますよ〜」 って、いわれたので食べようと思ったんだけど、 食べられない。 ひとくち、スクランブルエッグを口に運んでも、 飲み込むのがすごく大変。 痛いと言うより、首を締め付けられてるような そんな感じがして 飲み込むのが難儀なのだ。 牛乳とかの飲み物なら大丈夫かなとおもったけど、 やっぱり飲み込むのが大変。 2〜3口食べたら、なんだかすごく疲れてしまった。 気持ち的には、頑張って食べてしまいたかったけど どうにも無理。 何より食べることが大好きな私は 食べられないことに軽くショックを受けたけど、 ここは無理をするのをやめた。 点滴をはずすのは昼食後にまわして、 今朝から処方されたチラーヂン(甲状腺ホルモンのためのクスリ。一生のおつきあいとなる)と、 鎮痛剤ロキソニンと胃壁保護のためのセルベックスを飲んで 横になった。 窓から見える夏の空は青く明るく、 ひんやりと冷たい氷枕も気持ちよく、 あのツライ夜が過ぎたことが嬉しくて、 またすやすやと眠ってしまった。 しばらくしたら担当医に起こされた。 もう1本、採血しますとのこと。 私が起きあがったら 「わ、起きた!」と驚かれた。 (私はガバッと起きるクセがある) 様子を聞かれたので、 「傷は痛くないんですけど、 なんか胸から空気が上がってくる感じがしょっちゅうあって、 それがちょっと苦しい感じです。 食べ物もつばも飲み込みにくいです」 「痰に血が混ざります〜」 「だるくて眠くて〜」 「あら、声もガラガラですね〜」 そうそう、声は出るようになったけど ものすごいハスキー・ボイス。 「麻酔の影響で、調子悪いと思うけど、 だいたい今日の午後ぐらいから元気になってきますよ。 3ヶ月、もしくはそれ以上はのどにいろいろ違和感があるけど、 その声とかも悪くはならないので、 少しずつ治っていきますよ。 痰に血が混ざるのは、気管に管を入れたから。 いつまでも続くようだったら、また言ってくださいね」 ってことだった。 それから、首に貼ってあった大きなガーゼなどを ベリベリと剥がしてくれた。 ちょっと動かしやすくなった。 (血がちょっと付いててビックリ。手術での血かな? 苦手な人、ごめんね) 先生の言うとおり、 午後になったらだんだんと元気になってきた。 お昼は、すご〜くゆっくりだけど なんとか半分は食べられた。 でも、食べるの疲れてぐったり。 看護師さんにやっと点滴をはずしてもらって、 手術後の初めてのトイレ。 まだ1度も立ち上がって歩いていなかったので、 看護師さんについてもらって トイレに行った。 気分も悪くならず歩くのもOK♪ 看護師さんが 「さっき、○○先生に採血でおこされちゃったでしょ?」 「tomozoさん、すごく気持ちよさそうに眠ってたから かわいそうで起こせなくて〜」。 うんうん、ほんとに気持ちよく寝てた。 ありがとう。 夕方、ダンナと義母がお見舞いにやってきた。 私のひどい声に驚いて 「あら、これじゃぁカラオケに行けないわね〜」(そこか、おい!) ダンナなどは 「中村あゆみみたいだ。その方がいいんじゃない?。」 などと悪態をつきながら、 あまりしゃべっちゃいけないと 早々に帰っていった。 ま、実は私も良い声だと思っていた(笑)。 「翼の折れたエンジェル」でも歌いたいぐらいだ。 ともかく、無事手術は終わって 私の甲状腺は無くなった。 手術後に摘出した甲状腺を 家族に見せたらしいんだけど、 あらかじめダンナにデジカメを渡して 撮ってもらうよう頼んであった。 もちろん、あまりにもグロなので ここには載せないけど、 癌の箇所はそこだけ白っぽく、 はっきりと識別できた。 ほんの一瞬、はじめて癌がこわいと思った。 そして、やっぱり手術して良かったなぁと しみじみ思ったよ。 あとは、回復を待つだけ。 それはほんとに幸せなことだ。 つづく
次に気がついたのは
病室に移動中の時だった。 母の時は、ある程度処置が済んだら 1晩は個室の処置室に移されたので、 そこで見た母はけっこうまだ朦朧としていた。 ここの病院はほぼ麻酔が覚めてから、 部屋に戻される。 いつの間にかすっかり パジャマに着替えさせられ、 T字帯にカテーテル。 (なんか恥ずかしいわ) 点滴と酸素吸入のマスク、 心電図の機器などが装着されていて どうなってるのかまだ首は動かせられない。 足には空気加圧のマッサージみたいなのが取り付けられて、 ふくらんだり、しぼんだりしている。 意識はだいぶはっきりしていて どこも気持ち悪くもなく (母の時はこの時点で気持ち悪くなって吐いていた) 痛くもなく、 心配そうな家族に「大丈夫だいじょうぶ」と 口は動かしたんだけど、 声が出ない・・・。 時間を聞いたらなんと18時半! うわぁ、大変。 手とか足首とか動かして見せて 「ほら、大丈夫」ってアピールして、 ダンナに安心した家族を見送ってもらった。 しばらくダンナとささやき声でいろいろ話して、 記念に自分で画像も撮ったりして、 この頃はまだ元気だった。 (今見ると、ちょっと顔がむくんでいる) ところが、消灯時間を過ぎる頃から ひどい痛みに襲われるのだ。 それも、キズではなく背中や腰! 元もとストレートネックだし、腰痛持ちの私は、 普段は仰向けで寝ることはほとんど無い。 猫のようにま〜るく眠るのが 一番のベストポジション。 それが上半身は動かせず、 腰から下は動かして良いといっても、 へんなエアマッサージのせいで、 動かすのが難儀。 ベットも少しだけ上半身を上げてあるので、 もう、腰に全ての体重がかかる感じで つらいのなんの。 (ちなみに、このつらさは やっぱりもともと腰痛持ちなのが原因だったのかも。 母はそれ程辛くなかったらしい) 早い時間に 座薬の鎮痛剤を処方してもらったんだけど、 眠れたのはほんの数時間。 しょっちゅう看護師さんを呼んでは、 腰の下に枕を入れてもらって、 それを右にしたり、 左にしたり。 位置を変えてもらうと、 その時はすごく楽になって 眠れるんだけど、 またあっという間に痛みで目が覚める。。。 夜中には熱も上がってきたので(38度ぐらいになった) 氷枕を持ってきてくれた。 (術後は良くあることらしい) あとのども辛かった。 痰がうまくはき出すとか つばを飲み込むとかがうまくできない。 痛みというより、すごい違和感。 で、よくわかんないんだけど、 胸から空気が上がってくる感じがあって、 それがのどで詰まる。 で、ゆっくりと吐き出される感じにしょっちゅうなる。 ときどき看護師さんが うがいをさせてくれると楽になる。 (カップとストローはこのためだったのだ) 腰痛と、のどの違和感で あまりに辛くて、 看護師さんに、 「せめてもう少し、上体起こしたいんですけど〜」 と泣きついたら 「朝6時までは床上安静でだめです。 あと1時間だから頑張りましょう」 といわれ、それからの1時間のなんと長かったこと。 いつかはこなれるときが来る・・・ いつかはこなれるときが来る・・・ 苦しいときの呪文をとなえ、 腰の下に手を入れたりしてごまかし、 そしてやっと、 少しずつカーテンの向こうが 明るくなってきた〜(涙)。 つづく |
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